バルセロナ建築漫遊記

バルセロナからの気ままな発信です。
やはりそれでもガウディのサグラダファミリアは完成を望む
 バルセロナの街路のイルミネーションの飾り付けが終わり、もうすぐNavidad=クリスマスがやってくる。今年は三角、四角、六角の幾何学的なLEDの飾りつけが目立つ。

サグラダ・ファミリアが聖別され初めてのNavidadを迎えるが、21世紀のカトリックバシリカ大聖堂としてどのようなセレモニーになるのか楽しみである。

やはりガウディが一生涯をかけて打ち込んだサグラダファミリアが、バシリカ大聖堂としてローマ法王による献堂式を行うことができたのは一番望んでいたことであると思う。
ガウディはサグラダ・ファミリアを請け負う際に『たった一人の人間を3世紀もの建設に従わせるとは何と壮大な企てであることか!」と弟子達に言ったという。
最初から自分の生きている間には完成しないことは承知の上で建設を進めていったのである。
当時は宗教的建造物の為に2代目教会専任建築家としてほぼ強制されていたゴシック様式で始めたが、『ゴシックは形式の芸術だ。私の目的はそれらのスタイルを改善することだ。』とゴシック様式を産業革命後の近代に進化&発展させることが自分の建築家としての使命であるという高い志を持っていたと考えられる。
それは、バルセロナ建築学校を卒業した年(1878)に書き始められ、一年がかりで大学ノートに60ページわたり鉛筆書きで書かれたガウディの建築論『装飾に関する覚書(レウス覚書)』、以来死ぬまで持ち続けたものである。(この覚え書きに関してはセザール・マルティネイもヴィオレ=ル=デュクの建築講話による所が多いと書いているが、日本人研究者では鳥居徳敏氏による素晴らしい研究がある。)

ガウディは聖堂は建築の中でももっとも崇高なものであり、壮大でなければならないと考えていたので、当時世界一の高さを誇っていたケルンの大聖堂よりも高い170mの大聖堂をバルセロナに創ろうとしたように思える。そして、自分のしっかりとした建築思想を持っている限り、建築様式の混在を恐れる必要はなく、自分亡き後も次世代の建築家達が継承しながら完成させていけばいいという考えで、サグラダ・ファミリアの建設を続けていたのである。

スペインに現在残っているゴシックの大聖堂はロマネスク期から各エポックで再生&改築を繰り返しながら1000年以上の歴史を経てゴシック建築様式という統一の中にも多様性がある。それが聖堂に活気と豊かさを与えているとガウディは主張したという。

だから、サグラダ・ファミリアは世界一の高さを誇る大聖堂になるまで建設を続け完成させなければならないのである。
完成されてこの部分はガウディが生前に創った石造建築、この部分はガウディ死後の石造建築、この部分はバルセロナオリンピックが決まってから造った鉄筋コンクリートの部分。

というようにそれぞれの建設方法の違いが統合され、その多様性がガウディが望む活気と豊かさを持ったサグラダ・ファミリアの建築を生み出したとして、完成した暁にはサグラダ・ファミリア全体の建築が世界遺産として登録されるに違いない。

まさに『継続は力なり』である。そのガウディの意志を継ぎバシリカ大聖堂として成就させたサグラダ・ファミリア建設委員会にこれまでの功績を讃えたい。

建築作品として実現するかしないかはともかく、建築家にとっては若い時に受けた建築思想こそが将来の自分の作品の良し悪しを決めるといっても過言ではないと思う。


| u1arc | ガウディ | 02:49 | comments(0) | trackbacks(0) | -
それでもガウディ死後のサグラダファミリアの建設は認めない

 世界中から注目を集めたサグラダファミリアのローマ法王の奉献式のミサから10日が経った。

先週はこのバルセロナからの気ままな建築ブログにも800を超えるアクセスの日もあり、このイベントが日本でもいかにビックニュースであったかが分かる。

ミサと共に様々な場所に設置されたテレビカメラの立体的映像で、サグラダファミリア堂内の荘厳で華麗な様子を印象付けたものになった。
テレビ中継を見て初めてその存在に気付いたバルセロナ市民も多く、先週はたくさんのカタラン人が入場料を払ってまでも見学に2時間待ちの列を作ったそうである。(一般にカタラン人はスペイン人に中でも合理的精神を持ち主でケチと言われているのだが好奇心が強い)

今回のテレビ中継を見ても、未だにサグラダファミリア建設継続に関しては認めていないバルセロナの建築家は多い。
LA VANGUARDIA紙によるとボイーガス、エリアス・トーレスなどバルセロナを代表する建築家はその立場を崩していない。
それは、ガウディ死後、少ない図面をもとに勝手に進められている建設工事に対してガウディの作品性が損なわれることが一番の理由である。
そして何よりも1965年1月9日にLA VANGUARDIA紙に掲載されたサグラダファミリア工事継続反対の意見広告による所が多いとされる。
ここには20世紀の巨匠コルビュジェ、建築史家の権威ペブスナー、ミロ、タピエスなど芸術家、コデルク、ボーイガス等の地元バルセロナの建築家達が、サグラダファミリア建設継続は、社会的にも宗教的にも都市計画的にも芸術的にも全く意味を持たない物であるというサイン入りの声明文を発表している。工事中止か存続かをめぐる議論はこの時からずーと現在にまで続いているのである。

60年代当時はガウディの建築が最初に世界的にも再評価され注目された時期に当り、日本でも今井兼次により26聖人殉教聖堂(1962)が創られた時期に当る。
この頃は細々と工事は続けられていて,サグラダファミリアを見に来る人も稀であったようで入場料収入もなく、中止となってもやむおえない状況だったようである。

それから常に工事中止が大方の意見であったのが、ガウディの建築が1984年にユネスコの世界遺産に認定されることになって入場料収入で建設が急に進むことになる。
さらに92年オリンピック開催決定により、バルセロナを訪れる人が増え、スペイン一の観光スポットになった。そしてオリンピック前の90年にはガウディの建設以来続いていたそれまでの中世の石積み工法から鉄筋コンクリートの近代工法への変更した。

決定的にもうそれはガウディの建築ではないということから、その建設の是非をめぐりサグラダファミリア側と、当時バルセロナ市役所の助役をしていてオリンピック招致の功労者である建築家の重鎮ボイーガスとの間で激しく対立したという経緯がある。また鉄筋コンクリートという近代工法で建設をすることになりバルセロナ市の建築許可が必要という法的な話も出てきたが、サグラダファミリア側はそれを無視し、市の建築、都市計画局のコントロール無しに工事が続けられ、それで違法建築ということが言われていたのである。



オリンピック直前の1992年6月バルセロナ上空。ヘリコプターから身を乗り出し必至になって撮った一枚。
右がガウディの生前に創られた御生誕の門と後陣の外壁の部分。後陣の下には地下聖堂があり、現在ユネスコの世界遺産に登録されているのはこのガウディによる部分だけである。
左がガウディ死後に建てられた御受難の門。ガウディによるものに比べ白っぽく新しい感じがする。時代を経た石の色の違いによって一目瞭然である。

この両門は石積みの中世からの建築工法で作られているが、堂内内部に建つ柱には鉄筋が組まれ始めたのが見える。
手前小屋の建っている所が今は撤去され、御栄光の門の建設が進む。



2000年1月に撮影した堂内の空洞の柱にはたくさんの鉄筋の組まれている。
コンクリートがうまく打てるか心配になってしまうぐらいの鉄筋量が多い。

ガウディ研究者としても有名なサルバドール・タラゴはこの鉄筋量の多さを指摘して、直ちに工事を中止すべきであると言っていた。

それでも年間280万人というスペイン一の入場者数を誇るサグラダファミリアは世界中から多くの観光客を呼び込み、バルセロナ市としてもその観光収入の方が重要であるから超法規的に建設継続を黙認し、今回のローマ法王による献堂式を市を挙げて迎えることになったのである。
祭壇の最前列には建設関係者の姿はなく、選挙を真近に控えた州大統領、バルセロナ市長など現政権の幹部政治家で占められていた。さらにガウディのサグラダファミリアは市の都市計画局の功績による所が大きいと自画自賛。このビックイベントで世界的メディアを通してバルセロナの街を売り込もうという市の都市戦略が見て取れる。

長い間社会問題となっていたAVE高速鉄道の工事に関しても、結局サグラダファミリアの真下にトンネル通すこととなった。国と市とサグラダファミリア建設工事側とのしたたかな政治的駆け引きの結果、こんなに早く堂内完成にこぎつけることができた。

ローマ法王をはじめ、たくさんの人がガウディ様のご利益に与ったのである。
亡き後もここまでやってしまうガウディは、やはり偉大な天才建築家だと思う。

しかしこれだけの大成功を収めたのにもかかわらず、それでもバルセロナの建築界の重鎮ボイーガスをはじめとする建築家たちはサグラダファミリアの建設工事継続は認めない。
これもまた地元カタルーニャの建築家たちのガウディ建築に対する愛の一つの表れなのであろう。

このガウディのサグラダファミリアが、歴史的建造物の保存を考えさせられる良い機会を与えてくれている。





| u1arc | ガウディ | 11:39 | comments(0) | trackbacks(0) | -
サグラダファミリアついに21世紀のカトリックバシリカ大聖堂へ 2

サグラダファミリアに到着したローマ法王ベネディクト16世は、10時丁度にグロリアス(御栄光)の門を開け、堂内に入り十字に切られた通路を奥に進み、階段を上がり祭壇奥の法王の冠をデザインしたような2つのパイプオルガンの中央に設置された椅子に着席する。



21世紀のカトリック『バシリカ』大聖堂の認定書がローマ法王からサグラダファミリアに渡されたのを屋外の大型スクリーンで確認して、ここから先は家に帰ってテレビで見ることにする。



十字のところに立つ4本の大柱は、完成時に170mの最高高さのキリストの塔を支える4福音使徒の名を冠した柱で、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネにはそれぞれのシンボルが可愛く描かれた天使、翼を持ったライオン、雄牛、鷲の絵のガラスのライトカバーが付けられている。





堂内奥のアナスタシス・ロンダ円形状の列柱に囲まれた祭壇。天=〇と地=◇が合わさった天国の世を現わす八角形のテント布地の天蓋と白大理石の床。祭壇は6トンもある赤色のイラン産の御影石の塊。側面は削岩機で掘り込んだ痕が荒々しく残っているが、机上はピカピカに磨きこまれている。法王はミサを始めるに当って、この祭壇をオリープ油で塗り清め、さらにその後を4人の尼僧達が拭き清めて真っ白なシーツをかけ、正面に付いている燭台に7本の大きな蝋燭を立てた。その所作の一つ一つが儀式として風格をもってなされる。まるで茶道の御点前の作法をみているようでもあり、カトリックの厳格な儀式に中に、真の華麗、荘厳を見た気がして、3時間に亘る奉献堂式のミサを終わりまで見てしまった。



『最後の晩餐』をカトリックの秘儀とし儀式化した聖体拝領
キリストを象徴するのパン=肉体とワイン=血を準備するローマ法王
奥はスペイン国王夫妻



この儀式の最後、ワイン=キリストの血の入った聖杯を高々と掲げるローマ法王
ベネディクト16世

 

   まるで落下傘で天から降下してきたようなキリストの磔刑像

この21世紀にキリストが再び地上に救世主として降臨し、『復活=アナスタシス』し『再生=ルネサンス』するようなRe-interpretacionの新しい表現の様である。

#最初の屋外大型スクリーンの写真を除き、ここに掲載した写真は全てTV3の中継から
| u1arc | ガウディ | 09:23 | comments(0) | trackbacks(0) | -
サグラダファミリアついに21世紀のカトリックバシリカ大聖堂へ 1
2010年11月7日、13時15分、ローマ法王によるサグラダファミリアの奉献(consagrado)の3時間にもわたる華麗で厳粛なミサの式典により、ついに21世紀のカトリックバシリカ大聖堂がバルセロナの街に誕生した。

24年前にバルセロナに来た頃は数人の石工たちがのんびりとコツコツと彫っていて、永遠に終わらない建築工事=『永久建築』という感じであったが、オリンピック開催決定を機に中世からの石積み工法から鉄筋コンクリートの近代建築工法となり、一気に工事が進みあっという間に屋根がかかり今日の日(consagrado)を迎えることになった。

とにかくこの歴史的瞬間を自分の目で見てみたくてサグラダファミリアを目指して朝8時、車で家を出る。
周辺の道路は閉鎖され近くには近寄れないので、迷った末にすこし離れたディアゴナルとパセオ・デ・グラシアの近くに8時半頃止めることができ、そこから歩くことにする。

ディアゴナル通りを下りてCasa de les Punxes(針の家)まで来るが、交通規制のためかこのように車は通っていない。



さらに下ってプロベンサ通りを左折して暫く歩いていくと、サグラダファミリアを目指している人がだんだん多くなってきた。西側ファサードの御受難の門の塔が見えてきた。この先の通りからは遮断されているので一般では近づけないようになっている。



せっかくきたのだからローマ法王を一目だけでも見てみようと『パパモービル』が通るマリナ通りへと向かう。



マリョルカ通りの御栄光の門の建設途中の柱には真紅の布が巻かれ、ローマ法王をここの門扉から迎える為の準備がされている。



パパを見に来た人々の為にこのような小旗を配っている。皆(私も含め)われもわれもと記念にもらっている。



『パパモービル』が通るマリナ通りとバレンシア通りの交差点はこのようにパパ大歓迎の垂れ幕と、若者達がギターを弾きその周りをサークルになって踊っている。どんどん興奮のボルテージが上がって行く。宗教とはほとんど関心のないようなキャピキャピした女の子達のグループの黄色いコールが盛り上げていく。

暫くするとウォーという大歓声が聞こえてきた。
皆カメラを高い位置に構えパチパチとシャッターを切り始めた。
自分も一緒になって手を伸ばしシャッターを押したが、あっという間に通り過ぎ去ってしまった。

何とかローマ法王が写っていたのがこの一枚。

 

!!本当に『パパモービル』の中から手を振っている姿があった!!

| u1arc | ガウディ | 23:15 | comments(0) | trackbacks(0) | -
サグラダファミリア 工事現場からついにカトリック大聖堂へ
秋晴れの週末、久しぶりにバルセロナの街を楽しんだ。

来月11月7日の日曜日にはローマ法王ベネディクト16世がバルセロナに来てサグラダファミリアの奉献のミサを行う。
サグラダファミリアが長年続いていた工事現場から、ついに正式にカトリック大聖堂になる歴史的瞬間である。
 
完成はガウディ没後100年の2026年と言われているので、それまではカトリック教会の機能を持つ建設中の大聖堂ということになる。



今、その準備でサグラダファミリア付近は大忙しである。
ガウディの生きている間に創られ、ユネスコの文化遺産に登録されている御生誕の門には、ローマ法王の写真入で各国の言葉で「歓迎」の垂れ幕がかかっていた。



この写真のように今年の1月に来た時は、この道路(マリョルカ通り)の真下をAVE高速鉄道のトンネルが通る為に、サグラダファミリア倒壊防止の為の大掛かりな現場コンクリート流し込み杭の工事がされていて閉鎖されていた。トンネルはこの地下37mを掘り進んでいくことに決まったので、41mの杭を104本打ち込み、頭の部分を梁で繋ぎ、さらに道路の重圧を受ける為に3X3mのコンクリートの塊を打ち込みそれをまた杭の部分に繋ぐという十分すぎるほどの念の入れようだ。



昨日行ってみると道路は開通し綺麗になっていた。トンネル工事はこの部分を明日から13.5mづつ掘り進んで行くので、あと10日でここに直径11.5mの地下トンネルが通ることになる。



まだ未完成の正面ファサード、『グロリアス(御栄光)の門』この真下、地下37mでトンネル工事が進んでいる。
サクラダファミリア側の反対を押し切って工事が始まってしまって、最終的にこれだけの地盤工事で倒壊を防ぐということで一応の合意ということになっているが、ほんの少しでも建物の位置、高さの変化が起きれば、即刻、トンネル工事中止という取り決めがなされている。
それを見張っているのが、東と西の斜め向かいの建物の屋上に設置された2台のレーザー探知機である。下の写真、屋上真中に立っているのが『御生誕の門』を見張っている。ミリ単位の変化も見逃さない。

ここまで来たら何の変化もないことを祈るばかりだ。



この区間のトンネル工事が無事に終わり、建物の安全が確認されてから、11月7日の日曜日にローマ法王、ベネディクト16世の奉献のミサが執り行われる。

工事現場からカトリック大聖堂への準備が着々と進んでいる。



カサミラ(ペドレラ)の屋上からフニクラー曲線トンネルボールト越しのサグラダファミリアの眺め。



まるで『天上の館』のようなカサミラ屋上の煙突、排気塔のオブジェ群。
!!!久々に来たがやはりガウディは楽しい!!!



左ガウディのサグラダファミリアと右ヌーベルのアグバールタワー
やはりマルセイユのコルビュジェ同様、ヌーベルもガウディに呼応している。

ガウディへのオマージュ=賛歌として

| u1arc | ガウディ | 15:58 | comments(0) | trackbacks(0) | -
サグラダファミリアでガウディを発見!
今年の5月にはサグラダ・ファミリアの高さ42mの身廊部分ができあがり、9000人を招待してのお披露目があると言う。

また11月7日にはローマ法王べネディクト16世がサンチャゴ・デ・コンポステーラのJACOBEO2010へ行った後にバルセロナでサグラダ・ファミリアで聖別の儀式を行い、正式にカトリック教会として機能することが決まった。

 サグラダ・ファミリア完成への道筋がつけられた。
サグラダ・ファミリアの完成は『神のみぞ知る。(Solo dios sabe)』と言われてきたが、グローバル化によって、世界中から工事中のサグラダ・ファミリアを見にたくさんの観光客が訪れ、その入場料により工事が現在急ピッチに進んでいる。
ガウディ没後100年の2026年までに完成することを誰が予想できたであろうか?

やはりサグラダ・ファミリアの完成した姿を一番見たいのはガウディ本人であろうと思う。

地下の模型室に置いてあるガウディのデスマスク。



ガウディが生前に最初に創った御生誕の門のベルナベの塔。
そのベルナベの像の右のバルコニーにはガウディらしき人物の像を発見!



こんな所でガウディはサクラダ・ファミリアの完成を見守っているのだ!


| u1arc | ガウディ | 17:08 | comments(0) | - | -
本当にサグラダファミリアはガウディの没後100年2026に完成する
本当にサグラダファミリアはガウディの没後100年2026に完成することを 昨日のカタルーニャ建築家協会のサグラダファミリア見学会で実感することができた。



主任建築家ジョルディ氏の4時間に及ぶ現在建設中の具体的な説明で完成の全体像が把握できた。

『未完の建築』と言われたサグラダファミリアが後15年で完成し、その歴史的瞬間に立ち会うことができることに今から期待が膨らむ。



地上100m、本堂屋上からの素晴らしい眺め。

向こう地中海の門の如く立っているのが92年バルセロナオリンピック当時に建設された元そごうの入っていたツインタワー。左、砲弾を立てたようなセクシーな形をした建物はサグラダファミリアの塔をモチーフとしてデザインされたジャン・ヌーベルのアグバルタワー。高層ビルもサグラダファミリア完成時の最高高さ170mより低く抑えられている。
最近、完成したドバイの1000mを超える超高層だけを売り物にする砂上の楼閣とはまったく異なる考え方である。

バルセロナの都市計画は150年前に計画された土木技師セルダのマスタープランを諦めないでオリンピック以降、この20年で着実に実行してきている。
その成果がここからの美しい街の眺めとなっている。

将来もこのサグラダ ファミリアの170mをバルセロナ街の最高高さとすることは守り続けられるであろう。

ガウディは天才建築家であるばかりでなく、優れた偉大な都市計画家でもあったのだ。



足場を通してフォスターのティビダボのテレコムタワーを望む。
100mの高さまで組み上げられた足場。
この足場を使い屋上まで上がる。普通の建築現場にはないかなりスリリングな体験であったが、この眺めを見たら怖さが一瞬にして喜びに変わった。





現在建設中の中央交差部100mの天窓中央に大き目のが一個、12個が2重に外側円周上に付いている。円天窓は双曲放物面体状に天井に嵌め込まれる。柱部分には大量の鉄筋が入っているが、ボールトの曲面は薄いレンガを張り上げたカタランボールトでそれをそのまま捨て型枠とするガウディ本来の建設方法を踏襲している。

この上にさらに70mの高さの最大の170mのキリストの塔が建ち上がる。
正面に見える4本の塔はガウディが生前に建てたご生誕の門。





中心にある大きい円天窓。手前柱の外側の円周上に小さめのが12個付く。



中央交差部の柱は4福音書使徒マタイ、ルカ、マルコ、ヨハネの直径2mの4本の大きな柱でできていて、天井部で狭まって最後はこのように4本の柱に分かれ天井ボールト部分を支え閉じられている。柱頭部からドーム天井部分は神の御光を幾何学的デザインしていると思われるが、柱を体とすると天使が翼を広げているようにも思える。有名なカタルューニャロマネスクのタウィの円天井の宗教画には、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネのイコン、人、ライオン、牛、鷲に翼があるので、それをイメージしたのであろうか。

その頂点には写真のように天窓が開けられ堂内に光=神が降り注ぐ。

これがガウディの考えた究極のピラミッド状のシンボリア=ピラミダールであると考える。
ガウディが創りたかった教会=神の家である。



中央交差部、キリストの塔の模型。現在建設中の現場と比べる(上部建設写真参照)とかなり変更が加えられていることが分かる。創りながらフィードバックを繰り返し『真実(レアル)の形(フォルム)』を建築化して行っていることがわかる。

ガウディの書き残した数少ない図面と模型を元にしてここまでレアルに建ち上げた現場スタッフの熱くて濃い純粋なエネルギーに本当にガウディを継ぐという遺志を感じる。

ガウディの求めた空間が死後100年を前にして今ここに出来つつある。




中央交差部に高く積み上げられた足場。



中央交差部天井付近から正面玄関グロリアスを見る。



正面玄関グロリアスの御死去の門を担当した彫刻家スビラックによる門扉。
50ヶ国語で文字が張り込まれている。
下から5段目のAIGの文字が磨かれ金色に光っている。
AはAntoni GはGaudiを意味していると思われる。

この部分がサグラダファミリア正面玄関門扉の取っ手となる重要な所だ。



心配されているAVE高速鉄道の工事がこの正面玄関扉の前マヨルカ通りで進んでいる。
50cmごとに20mの杭を打ち込み、さらに膨大な量のコンクリートを通りに重石として流し込み打ち込んだ所である。

この地下40mの所のトンネルを掘る前に、サグラダファミリア建物全体を鉄筋コンクリートで固めて繋ぎトンネル工事で生じる振動を最小限にして倒壊を防いでいるように思われる。
工事が決定し行われている以上、サグラダファミリア側の最大の防衛作戦である。

あとは2026年無事に完成してくれることを願うばかりである。

| u1arc | ガウディ | 15:46 | comments(0) | - | -
ガウディの建築 ペドレラで行われているUkiyo-e展
今日は中秋の名月。

地中海の水平線上から出てくるティビダボ山からの月の眺めも素晴らしい。
眼下に黄昏時のバルセロナの街を望み、その向こうには群青色の地中海、その左の端の方の水平線から上ってきて、月の光で海がキラキラ輝きを増してくるのを観るとが本当に美しいと思う。
この秋の月見で季節の自然を楽しむという風流は日本の伝統であると感じる。
その日本の風流の文化をよく表現した浮世絵が19世紀末から20世紀初頭にかけてのジャポニスムとして欧米でブームとなった。それは有機的曲線を多用するアールヌーボーの芸術運動にも連動し、重なっている。その芸術史のエポックで見ていくと、カサ・バトリョとカサ・ミラ(通称ペドレラ)はその時期に当たり、ガウディの建築はアールヌボーの建築として一般に分類される。

今、ガウディの建築 ペドレラでUkiyo-e展が行われている。











ガウディの有機的な曲線と浮世絵の曲線が共鳴し合い、良いハーモニーを奏でている。近代建築の巨匠、フランク・ロイド・ライトも有名な浮世絵コレクターであったという。日本の浮世絵が近代建築の遺伝子としてこの時期に組み込まれたのかもしれない。

これから3匹のダルメシアンを連れ、ティビダボ山近くの森まで中秋の名月を観に出かけることにしよう。



2008年9月15日9時頃バルセロナ、ティビダボ展望台からの名月。
月の下は地中海が月光で輝き、その手前はヌーベルのアグバルタワー、さらにサグラダ・ファミリアがシルエットで見える。
| u1arc | ガウディ | 02:39 | comments(0) | trackbacks(0) | -
サグラダ・ファミリア教会はガウディによる人類史上初めての   『建築のエヴァンゲリオン』
昨日8月15日はマリア昇天の日=日本の終戦記念日であった。
現代史も欧米西側諸国により歴史的出来事をキリスト教の教えに因んで決められることがあることを教えてくれる。



サグラダ・ファミリア教会は石の聖書と言われる。

特にガウディの生前に建設された御生誕の門には、鍾乳石の垂れ下がる洞窟内でのイエスの誕生から東方の三賢王のお祝いのシーンなど聖書に出てくる様々な彫刻が施され、4本のトウモロコシのような形をした塔と合体、融合してガウディ独特の世界を生み出していることが分かる。

サグラダ・ファミリアのそれぞれの塔は聖人を表したものであるという。



この図面によると、御生誕の門の4本の塔は、左からベルナベ、シモン、タダイ、マティアスであることが分かる。中央交差部高さ170mに聳え立つ最大の塔はキリストで、それを四福音書の著者であるマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4使者の少し低めの塔が取り囲み、後陣祭壇上部にはマリアの第2の塔が建つ。そのアプス部分には、昇天(asuncion)の部屋が特別に設けられている。



この図面を読み解いてみると、最後の晩餐に出てくる12使徒の中の一人の裏切りのユダは入っていない。その代わりにベルナベとパブロを聖人として加えている。

4福音書の中でも、著者によりそれぞれ聖人の扱いが異なるので、このサグラダ・ファミリアはガウディによる福音書(良い知らせ)、つまりエヴァンゲリオンと言えると思う。

よって、現在建築中のサグラダ・ファミリア教会は、ガウディによる人類史上初めての『建築のエヴァンゲリオン』となるであろう。
| u1arc | ガウディ | 16:54 | comments(0) | trackbacks(0) | -
テラサ(Terrassa)のガウディ −ムンクニール(Muncunill)−
先日、シッチェスのグランカスカーダの石を探しにバルセロナ近郊のテラサ(Terrassa)という町まで行ってきた。100年程前のカタルーニャ産業革命期に、繊維工業の町として栄えた所だ。

帰り道、せっかくなので、ガウディに影響を受けこの町のモデルニスモ建築家として有名なムンクニールの建築を久しぶりに見ることを思い立つ。それは床面積1万平米を超える紡績工場の波のようにうねった大屋根とそれを支える鋳物のたくさんの円柱の生み出す構造空間が美しい建築であった。そのうねった大屋根は、ガウディ建築の曲線を生み出す元になっている4cm厚の薄いレンガ積み工法のカタランボールトで造られている。最小限の建築材料を用い、最大限の建築空間を生み出すというカタルーニャ合理的建築の傑作だ。20年前、初めて来たときはクラシックカーを展示してあるだけの簡単な博物館であったが、今回行ったら、近代工場建築遺産(カルチャーヘリテージ)として再生し、カタルーニャ科学博物館の立派な観光文化施設として生まれ変わっていた。







今回初めて見ることになったムンクニールの『マシア フレイシャ(Masia Freixa)』は、工場の連続する合理的な曲線というよりは、自由曲線の造形的なモデルニスモ建築代表作である。1907年の建築なので、ガウディのカサ・ミラとほぼ同時期の折衷様式建築を完全に脱したモダンな建築スタイルである。元紡績工場を、工場主の邸宅とするためにこのように改築した。ガウディとは違い、壁面は石積みでも装飾的なモザイクタイルでもなく目地なしで真っ白に塗られているので、造形的な曲線が伸びやかで建物全体が軽やかに感じる。まるで粘土で造ったものをそのまま原寸大に大きくしたようである。しかし、建築工法は、わが街マルティネイのサンクガットのコーポラティブ同様、これも型枠を造りザザーとコンクリートを流して固めたものでなく、カタルーニャボールトのうすいレンガを一個ずつ積み上げて、モルタルを塗り、白い石灰塗料を塗って出来たものだ。














そのフォルムは愛嬌があり、『KAWAII!!!』
| u1arc | ガウディ | 12:34 | comments(0) | trackbacks(0) | -
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