バルセロナ建築漫遊記

バルセロナからの気ままな発信です。
シッチェス 海辺の墓地
11月1日は全聖人の日でスペインは祭日であった。

日本のお彼岸にあたり、ファミリーで先祖の墓地を訪れる。
スペインでは、火葬せずに棺ごと墓地に収めるのが伝統的なしきたりであったが、最近では火葬場を兼ねた葬儀場が一般的になってきている。



先週シッチェスの街の外れにある海辺の古い墓地を訪れた。
墓地にはゴッホの絵にあるような糸杉がよく合う。

入口はネオクラッシック風なデザインで、半円アーチの上部にはティンパノと呼ばれる三角形が載っている。両サイドには、円の中にギリシャ語でキリストを意味するPXの文字が見える。白漆喰塗りの壁に、レンガ色の縁取りが可愛く入っている。



入口を入るといきなり19世紀末から20世紀初頭にかけてのモデルニスモ(スペインアールヌーボー)期の立派な石棺の墓がある。低くなだらかな曲線の入口部で、床は白の玉石を敷き詰め、重厚な石棺が据えてある。3段のピラミッド上に積み上げた石棺の彫刻の横には、男女の死を悲しむ石造彫刻が施されている。

バルセロナの建築、芸術出版社GGの社主Gustau Giliが亡くなったとLA VANGUARDIA新聞に家族の写真入で大きく扱われていた。その中にお父さんそっくりのモニカの姿があった。早速お悔やみの言葉をメールで送る。

La parabra de "Si no se especializa, una firma como la nuestra solo lanza gotas de agua al mar"
yo tambien pienso asi y me gusta.
(その記事の中に『もし特殊専門化しなかったなら、私たちのような小さな会社は大海の数滴の海水のようなものだ。』というお父さんの言葉は私もそう思うし、その考え方が好きだ。と)
この考え方でモニカのお父さんはGG社を建築、芸術関係のものだけを扱う専門化された世界の出版社に創り上げた。

そして先日、モニカからその感謝の挨拶状が届いた。

GG社はバルセロナの小さい出版社ながら国際的に質の高い本を出すことで有名である。私が12年前、ゲストエディターとして2Gの2号『Toyo Ito Section 1997』としてモニカと知合った。彼女はその時に平行して『la ultima casa(the last house)』、日本語で『最後の家(お墓)』の本を編集していた。有名建築家によってデザインされたものを特集したものであった。

今回その中の一つに、バルセロナバビリオンのようなモダンな感じのするデザインのお墓がシッチェスの墓地にあることを思い出したのである。
建築家アントニオ・アルメスト、カルロス・マルティと彫刻家アントニオ・ロセジョの協働作品。



8cm厚の分厚いトラバーティン大理石をブロック屏風のように立て、目地を真鋳で繋いである。その壁に磨き上げた黒御影石を水平に渡し台になっていて、目地の垂直の真鋳部分との合体することにより、立体十字架を創り出している。玉白石を敷き詰め縁取りをして墓を浮かび上がらせ、その植栽された基壇中央には半分磨き出された黒大理石の石棺が据えてある。

周りの装飾の多いお墓に比べ、空間を結晶化させたような、何か禅寺の石庭のような風格を持っている。そこが、ミースパビリオンとの共通点のように思えた。





写真によるとこの黒大理石の台の上には金色の天使の羽のようなものが付いていた。



隣の墓の天使の後背に付けられた大十字架を借景として考えデザインしている。

その時に、私がイタリアへ行って撮ってきたばかりのカルロ・スカルパのブリオン墓地のスライド写真をモニカに提供した。

その年のイースターの休みに車でイタリアまでの家族旅行をした。
走行距離は10日で4千キロは超えていたと思う。家族旅行といっても、普通の観光旅行とは違い建築見学旅行の比重が高くなるので、当時まだ10歳の息子には少しハードであった。ベニスに泊った次の日にカルロス・カルパのブリオン墓地を訪れた。有名だから近くまで行けばすぐ分かると思っていたら、San Vito村自体が小さい村で持っていったロードマップには載っていない。半日以上捜して7人目のイタリア人に聞いてようやく辿り着いた。
昼食も食べられなかったものだから、それに付き合わされる母子はいつも機嫌が悪い。
それでもブリオン墓地に着いたらその腹を減ったことも忘れさせるほどの建築の素晴らしさがあった。
素晴らしいカルパの建築作品は家族皆のお腹も満たしてくれた。

これがその時の写真。



モニカは国際的建築雑誌「2G」の成功で優れた編集者として世界的に認められている。これからは彼女が父の後を継ぎ、今後3代目として彼女の感性でGG社をますます発展させて行くことを願う。


| u1arc | シッチェスの街 | 03:53 | comments(1) | - | -
シッチェスの旧市街
秋は深まりつつあり、夏のバカンスの余韻がまだ少し漂うシッチェスの海の教会近くの旧市街でお昼を食べることにする。

旧市街は一般車両は進入禁止なので、駅近くのパーキングに入れ、こじゃれたブティクが建ち並ぶ小道を海の教会へ向って入っていく。50%OFFの貼り紙がウインドウにしてあり、バカンス終わりのバーゲンの店が秋の深まりを感じさせる。教会の前の広場に着く。このところグランカスカダの現場から遠く眺めていたので、久しぶりに見上げる。石灰岩の切り石に、石灰を塗り、薄ピンクの塗料を塗ったような仕上げである。ファサード中央にはバラ窓の円、その上の部分はバラ窓の円に呼応してなだらかな曲線でデザインされていて、何かエレガントで女性的雰囲気を感じさせる教会である。








ここにはモデルニスモの画家サンチャゴ・ルシニョールのアトリエがあった所で、シッチェスは気候も良く、当時からバルセロナのお金持ちの海の別荘で開け、彼らがまた芸術家のパトロンにもなり、たくさんの芸術家達が集まってきたところとして有名である。今もその雰囲気があり、バルセロナ郊外の観光地としても人気がある。



その小道の角には19世紀世紀末、モデルニスモ期ののアンテーィクの小物を多く置く店があるが、どれもお洒落なモノばかりである。
どういうわけか、左上の皿はヌードのおじさんの写真であった。



木の重厚な扉には、鉄でデザインされた金具が棘のように付いているが、その呼び鈴が、胴長の犬のフィギュアでかわいらしい。



海に突き出た、岩の上に建てられたレストラン。建物がうまく赤土の岩に収まっている。地中海に沈んでいく夕日を見ながら、ワイングラスを傾け、二人でロマンチックな夕食を楽しむには絶好のスペース。

昼食なので、今日は簡単に今流行のバスク料理『ピンチートス』のバーレストラン。フランスパンの薄切りの上に、生ハム、ソーセージ、カニにマヨネーズソース、目無しアンギュラス、等などを載せてその上から楊枝で留めるスタイルのものが流行で、その楊枝の数で値段が分かる仕掛けになっている。目無しアンギュラスとは、白魚と呼ばれるウナギの稚魚の代用品。魚の白身のスリミで人工的に加工され作られたもの。カニ棒のウナギの稚魚版と考えてもらえば分かりやすい。外見、姿形は本物そっくりで区別が付かないが、さすがに目は入っていないので、私たちの間では『目無しウナギ稚魚』と呼んでいる。この目無しウナギの稚魚でもニンニクと唐辛子をバージンオリーブオイルで炒めて食べると味は本物に近くなる。本物はグラムで金の値段と同額とも言われ高価である。

楊枝4本とカップ一杯で6ユーロ。今は普通のメニューでも10ユーロ近くするからかなり軽めの昼食であった。駐車場代4ユーロはシッチェスの旧市街区の散策代となる。

それで今日は直ぐ、午後の作業に取り掛かる。
| u1arc | シッチェスの街 | 23:04 | comments(0) | - | -
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