バルセロナ建築漫遊記

バルセロナからの気ままな発信です。
バルセロナ工科大(UPC)建築マスターコースでの講演発表
 昨日はホームのカンプ・ノウでバルサのリーグ優勝が決まり、バルセロナの街は大騒ぎであった。

先週金曜日の講演にはバイス三兄弟のジョセプが駆けつけてくれた。
また24年前にサルバドール・タラゴのドクターコースを一緒に学んでいたジョセップ・モラも聞きに来てくれた。20年以上ぶりの再会である。
彼はドクターを取ってから大学の先生となり、今はサルバドールとSOS Monumentosという歴史的建造物の保存運動に取り組んでいるという。
建築を通じて懐かしい仲間に再会できることは嬉しい。

当時は、まさかバルセロナで世界中から来ているマスターコースの建築学生相手に自分がスペイン語で講演をしている姿を想像することができなかった。

『建築=Arquitectura』は世界言語なのだということを実感する。

最終的に講演のテーマは
"RE-interpretacion y evolucion de la vivienda japonesa"
『再解釈=再創造と日本の住宅の進化』
副題は
"Desde el punto de vista historica se ve la vivienda japonesa del siglo XXI"
『歴史的見地から見た21世紀日本の住宅』
とかなり力の入ったものになった。

一時間半の講演で100枚のほとんど自分で撮ってきた写真を使いスペインルネサンス以降、500年の日本と欧米との関係の建築の歴史を一気に説明した。

クラシック=古典を、哲学、思想の深い所まで理解し、それぞれの時代に新しい技術+材料を使い、再解釈できたものが再生=ルネサンスされ、それを積み重ね て現在に至っていてそれが建築の進化、発展の歴史となっているのではないかということである。

具体的に説明すると、

明治25年=1892年に伊東忠太は卒業論文『建築哲学』を書くが、その時日本で初めて『アーティスチック アーキテクチュル』=美術建築という西欧の概念の研究の必要性を論じている。そして『美術建築の本音は即ち建築の「プロポーション」及び「ハーモニー」を求むるにあり』とする。
それまで、西欧建築の拙いコーピー建築で終わっていた日本の明治建築は、この時点で日本建築は石とレンガの新しい建築材料を用いて進化の道を歩むことになったのである。

江戸から明治にかけて時間は切れずに流れているが、時代精神、エポックは明らかに異なる。建築の歴史を考える時、日本近代建築最初の進化の時と言うのは、忠太が西欧から『プロポーション』と『ハーモニー』の建築概念を導入したその時、1892年と考えることが適当なのではないだろうか?

それ以降、堀口捨巳、森田慶一らによる日本分離派の設立。1923年に堀口はオランダ留学し、ベルラーヘ、アムステルダムスクール、デ ステールなどのヨーロッパ近代建築運動の洗礼を受ける。また村野藤吾はアールヌーボー、表現派を好み、、前川国男らのコルビュジェ派、伊東忠太の大学助手であった谷口吉郎(卒業論文は忠太と同じく建築哲学1928年)など西欧のモダン建築に影響を受けながらも日本の木造の伝統建築を新しい建築材料である鉄筋コンクリートを使い、RE-interpreto=再解釈+再創造し、日本の近代建築を西欧との関係の中で進化発展させて行った。
 
 
 
 


コルビュジェ、シンケルがギリシアなどの古典建築をRE-interpretoして彼らの近代建築をデザインしたように、日本のこの時期の巨匠と呼ばれる建築家たちは日本の伝統的木造建築を深い所でレインタープレットしていることがわかる。


このデジタルグローバルという新しい時代(エポック)の中で、ガウディはもちろん今では近代建築の古典となってしまった、コルビュジェ、ミース、ライト、タウトなど巨匠と呼ばれる作品の建築言語も含め、原理、哲学のより深い所まで理解して再解釈+再創造を目指していくことが必要でないだろうかと言うことで締めくくった。

江戸時代の浮世絵のようにレイヤーを重ねるだけでは、3Dの『美術建築』にはならないのである。
和洋折衷的な日本の従来の皮相的な建築方法論(いわゆる『ポストモダニズム』建築)ではこのドラスティックな時代は乗り越えられないところにきていると思う。

マスターコースの学生たちは最後まで熱心に聞いてくれた。
これからの彼らの将来に期待したい。
 
| u1arc | 建築講演会 | 18:45 | comments(0) | trackbacks(0) | -
講演会の延期
 5日の予定だった講演会が延期となって明日14日になった。
SUSUKIからSUZUKIに訂正され、新しく送られてきたポスター。




延期になったおかげで、スライド写真を自分の作品含め100枚に選び直し、少しこなれたスペイン語になってきた。

現在の21世紀の建築を日本の長い歴史の中でいかに捉えるかということが自分のテーマであったので、それを今回の講演でバルセロナのマスターコースの建築学生にも少しでも解ってもらいたいと思っている。

講演内容を少し予告すると、実は500年前のスペインルネサンスの黄金期の影響を受けていることを日本の伝統建築とされている茶室でその庭と建物一体の空間構成の特性を最初に説明する。

19世紀中頃、明治の近代国家形成の過程で西欧の石とレンガの建築を最初に模倣し、コルビュジェ、ミース、ライト、タウトの近代建築家の巨匠に学び、新しい材料コンクリート、鉄を用いて独自に日本伝統建築を再創造しながら、欧米の関係の中で進化、発展を遂げて現在に至っている。

それで、21世紀の日本の住宅は現在のこのグローバルデジタル化した時代に、いかにエコを考えた日本的空間を深いところで再創造できるかにかかっているという結論にもって行きたいと思っている。




| u1arc | 建築講演会 | 17:30 | comments(0) | trackbacks(0) | -
バルセロナ高等建築大学(ETSAB)マスターコースでの講演
 一週間後に迫ったバルセロナ高等建築大学(ETSAB)マスターコースでの講演のポスターが届いた。



SUZUKIがSUSUKIとなっている。
スペイン語ではスズという発音は難しいらしく、ススと言われる。よくあるスペイン語での誤植で、ご愛嬌である。

バルセロナ高等建築大学(Escuela Tecnica Superior Arquitectura de Barcelona)で日本では一般にバルセロナ工科大学(Universidad Politecnica de Catalunya) 建築学部と言われている。
この講座を持っている友人のモンタネール教授に依頼されて21世紀の住宅についての講演をすることになったのである。
この講座は2年間で610単位あり、登録料は7000ユーロ、120万円ほどである。
今は亡きミラーリェスの夫人で現在事務所の代表であるBenedettaさん、オランダの建築家MVRDVのWinny Maas, 最近注目されている地元のRCRのCarme Pigemさんなどなど、国際的でそうそうたる建築メンバーを講師に迎えている。
ヨーロッパ建築界の知の最前線といった感じである。

その中でのスペイン語での講演となるので力が自然と入って、今その準備に追われているところである。

テーマは
『歴史的に見た日本の住宅のRe-interpretacion(再解釈+再生)とEvolucion(進化)』
で、16世紀以降日本は欧米の影響を受け、最初はコピー、それからそれまでの日本の伝統文化の再解釈+再生を経て進化をして来ていることをスライド映像でビジュアル的に説明していく予定である。

そして21世紀の住宅はデジタルグローバリズムとエコの概念がそれぞれの建築家ごとに再解釈され、再生され建築デザインを進化させていくという結論になるのではないかという感じになってきた。

簡単に言ってしまえばこのようなことなのであるが、ここまで来るのに30年ぐらいの時間が経過している。

ここまで自分を支えてきたのは『建築への情熱それとも愛』、土居さん流に言うとアキ根、スペイン語だとアル根と言ったところか?
| u1arc | 建築講演会 | 16:41 | comments(0) | trackbacks(0) | -
ルネサンス(再生)とレインタープレット(再構築)        ユネスコ バルセロナでの講演"Japon : 20siglos de Arquitectura"


下の絵は私の部屋に掛けてある世界都市の地誌本のオリジナル。
1572年ケルンで出版されたBraun-Hocenbergius[Civitatutes orbis terrarun]で当時のリスボンの様子を描いたもの。
版画に水彩絵具で着彩してある。2ページのものを真中で貼り合わせてあり、裏にはラテン語でその都市の説明がされている。
絵にはまだこの絵中央ににある広場にフェリペ2世宮が描かれていないので1550年頃に描かれたものということが分かる。
天正の少年遺欧使節団、支倉常長の慶長の使節団もこのリスボンの港がヨーロッパへの第一歩となっている。



1617世紀イエズス会士による初めての西欧文化の影響。当時、日本は大名、侍達の戦国時代。ヨーロッパはスペインのカルロス1世、カール洪誓札蹇璽濤陳襪了代からフェリッペ鏡い離好撻ぅ鵝Ε襯優汽鵐垢硫金期に当る。


前回のプログのお知らせの通り、11月30日月曜日にユネスコ バルセロナでの講演"Japon : 20siglos de Arquitectura"
をテーマにして日本の2000年の建築史についての講演を行った。
サブテーマは[ルネサンス(再生)とレインタープレット(再構築)―西方からの日本建築に及ぼせる影響]、スペイン語では[Re-nacimiento y Re-interpretacion :Influencia del Occidente sobre la arquitectura Japonesa]ということに落ち着いた。


この講演を機会にもう一度、西欧と日本の2000年の歴史の流れについて考えてみた。3年前にバルセロナのラサール大学での建築パフォーマンスの時にやはり同じテーマで講演したが、その時は日本の明治以降の建築がいかに欧米の近代建築の巨匠コルビュジェ、ミース、ライト、タウトの影響を受け進化発展し、現在バルセロナに作品を残している磯崎、伊東に繋がって行ったかということを説明した。

今回は、もっとヨーロッパの建築と日本の建築2000年の相互の歴史の中でとらえることができないだろうか?という長い歴史の中で自分の建築論を展開するという野心的な大テーマを掲げてしまい、さらにスペイン人の一般の人を相手にスペイン語での講演となった。

かといって、自分本位の建築学的な講演だと退屈で最後まで聴いてもらえないであろうし、ユネスコの文化講演会に来るスペインのオバサマ達を悦ばすための口説きの殺し文句も考えなくてはならないしで、最後までハラハラ、ドキドキの心身共に七転八倒、格闘の末、講演日を迎えるという厳しい試練の日々であった。

なんとか55枚の自分で撮影した写真(正確に言うとその中の一枚のシッチェスのグランボベダの邸宅は雑誌社のカメラマンのものを使う。)を用意した。

前半は日本最古の神社建築といわれる出雲大社から、現存する日本最古の仏教寺院で世界最古の木造建築で、伊東忠太の博士論文にもなった法隆寺(日本最初のユネス コの世界文化遺産でもある。)、京都平安時代からの雅の伝統美を伝える御所、枯山水禅庭の極美、竜安寺、安土・桃山文化以降の桂、修学院、、慈光院、如庵、犬山城、明治維新となり、聖ザビエル天主堂、聖ヨハネ教会 堂さらに現在改築問題でホットな岡田信一郎設計のコンクリートで造られた桃山風[歌舞伎座](1924年)の日本の2000年の建築史の流れをザーと紹介した。

日本も西欧と同様にルネサンス(再生)とレインタープレト(再構築)を繰り返しながら現在まで来ていると。

16世紀は侘びさびを基調とするとする日本文化にヨーロッパルネサンスの華美な文化がもたらされ、竜安寺に代表される枯山水の禅庭園から桂離宮、修学院離宮のような艶っぽい日本庭園建築の空間の美が生まれたという日本の安土・桃山文化とイエズス会修道士によってもたらされたスペインルネッサンスとの関係について説明した。

特に1930年代に来日したドイツ人建築家ブルーノ・タウトを『泣きたくなるほど美しいと』言わしめた桂離宮の日本庭園建築空間の美を3年前訪れた錦秋の修学院で感じてもらった。それをスペイン人に分かるように翻訳すると “es tan bella que te entran ganas de llorar”.となる。



これが今回の講演の口説きの殺し文句となった。

そして後半は私がこの12年間、スペイン、バルセロナで日本庭園建築の美をレインタープレットした作品を見せて講演を無事終えることができた。





この講演を準備している最中にイエメン、サヌア近郊で日本人建築技術者が8日間拘束され、その後開放されたというニュースがあった。名前の真下武男になにか聞き覚えがあったので、もしかしたら12年前にバルセロナ日本人補習校で運営を一緒にやっていた真下さんかな、と思ってこの事件に当初から注目していた。開放された時のインタビューに答えていたのはやはり彼であった。助かってよかった!63歳には見えない当時と変わらない姿があった。[無事に帰って来れてありがたい。今は家族としばらく日本でゆっくりしたい。・・・見張りのゲリラと『おくり人』の映画の話をした。(イエメンの小中学校の建設が途中なので)少し休んだらまた戻って仕事をしたい。」と飄々と語っていた。海外紛争地域で危険な目に合い、それでも戻ってその国の学校建設の為に仕事を続けるという日本人の建築技術者魂を見たような気がして元気付けられた。

兵士、武器でない日本の真の国際貢献のあり方を示してくれたように思う。

彼は70年代の若き建築家の時、ピカソの壁画で有名なバルセロナ建築家協会を設計したブスケッツの所で仕事をしていたということを思い出した。それで世界的に有名なリセウオペラ劇場で音楽の勉強に来ていた日本人の女性が奥さんと紹介していた。

やはり、このグローバル化した時代、日本人は若い時に一度海外に出ないと未来の日本はないように思える。
ヴィオレ=ル=デュク建築講話(飯田喜四郎訳) 第10講p330に13世紀のイギリス人哲学者フランシスコ会修道士の言葉に『最年少者は、最年長者だからである。すなわち新しい世代は、過去の全ての成果を受け継ぐので、知識の点では古い世代を凌駕しなければならない。』とある。

先日見たテレビ番組で立花隆が緒方洪庵の適塾博物館で後輩の中学生たちに、「今、日本は新しい鎖国の時代を迎えている。日本語のグーグルで得られる知識量は英語の10分の1にも満たない。もっと視野を広く持ち、日本という小さな枠にとらわれず外国へ目を向けなさい。」ということを語っていた。

ブルーノ・タウトは、また次のようなことも言っている。

『自国の文化的な財宝がわからない人には、国外のものなどわかるはずはない。』

(“El arquitecto debe sumergirse en la meditación en un entorno solitario y de silencio.”
と。

今が新しいルネサンスの真っ最中。我々の日本文化のレインタープレットが必要とされているのだ。



| u1arc | 建築講演会 | 15:33 | comments(0) | - | -
バルセロナ、カタルーニャ建築家協会での隈研吾氏講演会
 先週の木曜日、私の所属するカタルーニャ建築家協会で隈研吾氏の講演会が行われた。

『負ける建築』のコンセプトでここまで勝ち上がってきた隈さんには同世代として羨ましいかぎりであるが、実は正直のところ、建築素材重視であまり建築のフォルムにこだわらないその設計手法には、私的には今まであまり興味を持つことができないでいた。

しかし、今回の講演では隈さんが日本建築の伝統に正面から向かい合い、深いところからの再解釈(レインタープレット)し、今の時代に新しいナチュラルな素材を建築材料として使っていくというパワフルな建築への情熱を感じ、好感を持てた。

また、広重の雨の降る大川端に架かる橋の絵を引用し、日本の浮世絵の特徴は、遠景−−−>近景へとレーヤーをを重ねて行くことによって奥行きを出し、西洋のパースペクティブな表現とは異なる。その手法ををゴッホら印象派画家たちが習得して、ヨーロッパに新しい絵の世界を展開していったというとても納得の行く説明をされていた。

最後に、私の方から隈さんが今手がけている銀座の歌舞伎座の再生プロジェクトについての質問をさせていただいた。
現在のものは岡田信一郎設計の鉄筋コンクリート造の桃山様式の歌舞伎座で、その建築イメージが一般に定着し、重要文化財に指定され保存運動まで起きている。
下の写真は今年の3月に撮ってきたもの。



「それをどのように再生させるのですか?その時に使う材料は決まっていますか?」
というものであったが、
「とても難しいプロジェクトで今考えているところです。4年後に完成を目指していて、これから素材も決めていきます。」
という返事が返ってきた。

多分、この講演会で説明されていた『レイヤーを重ねて奥行きを創って行く』ことを建築手法に取り入れて、建築を創り込んでいくのだと思う。
新歌舞伎座のプロジェクトでどう歌舞(かぶ)いて見せてくれるのか期待したい。

隈さんの今後の建築的展開が楽しみである。
| u1arc | 建築講演会 | 18:47 | comments(0) | - | -
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