バルセロナ建築漫遊記

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イエズズ会のルーツはモンセッラットの黒いマリア様       イグナシオ ロヨラの聖洞窟教会−1
 昨日は東方の三賢人(Reyes Magos)のパレードがあった。昨年はバルセロナの街まで見に行ったが、今年は雨も降っているしで地元サン クガットのパレードをわが家のテラスから高みの見物となった。



バルセロナはこのところはっきりしない天気が続いていたが久しぶりに今日はスカッとした青空が広がっている。今日の三賢人の祭日をもってクリスマスバケーションが終わる。

16世紀、日本にスペインルネサンスをもたらしたのはフランシスコ・ハビエルを代表とするイエズズ会の修道士たちであったが、そのイエズズ会の創設者はナバラ出身のイグナシオ・ヨロラである。四谷にある聖イグナシオ教会の聖人である。このイグナシオを調べて見るとカルロス一世、神聖ローマ皇帝カール垢箸隆愀犬深いことが解った。どうも、当時、日の沈まないとまで言わしめた西班牙ヨーロッパ大帝国を作り上げたのは、イエズズ会の創設とローマ法王によるルター、カルバンの対プロテスタント戦略と海外布教優遇政策によるところが大きいと思われる。



この正月2日、イグナシオ・ロヨラがモンセッラットの黒いマリア様を詣でて霊的ショックを受け、その後、悟りを開いたとされる洞窟がモンセラットの北の麓の町、マンレサにあるというので見に行ってきた。遠くのこぎりの歯のように見えるギザギザのシルエットがモンセラット山。聖イグナシオ洞窟教会からの眺め。



 この洞窟に籠ったのは1522年、前の年の30歳の時にイグナシオがカルロス1世のパンプローナ城の攻防に参戦し、フランス軍の砲弾に当って足に重傷を負った。その後、宗教の道を目指す為にエルサレムへの巡礼に向かう途中のことだ。今ではイグナシオ ロヨラが籠った洞窟を取り込んでこのように立派な教会が建っている。手前は後期ルネサンス、バロック建築様式の建物で1666の数字が彫りこまれている。イエズズ会は1540年ローマ法王パウロ契い砲茲辰鴇鞠Г気譟1545年のトレント会議によってその建築様式もナルテクスと呼ばれる入口部前室を持たず、入口から直接堂内のボールト天井があり奥に主祭壇、両側には聖人の礼拝堂を配置するとした機能的なものと規定されている。ローマの本部Il Gesuはマニエリズムの建築家のヴィニョーラによって1580年に創建された。バロック様式のファサードで、これが以後カトリック教会の建築モデルとなった。それから80年後にイエズス会のスペインでの重要な拠点として整備されたのがこの聖イグナシオ洞窟教会である。このバロック様式がスペインのバロック教会様式の規範となっている。奥が洞窟のある壁面を見せながら壮大なルドゥー風の列柱と両側にはギリシア風のペディメント屋根を4面乗せたシンボリックなシンメトリーのファサードの建物が19世紀末に造られている。





洞窟の壁面は人工的に鍾乳石が垂れ下がったような装飾を造っている。



こちらは1666年に造られた後期ルネサンスのファサードの壁面。円と8角形の窓が交互についていて丸窓の上には天使が飛んでいる。




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