バルセロナ建築漫遊記

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鉄とガラスのイギリス・モダン建築のルーツは温室
 
 

これはロンドンのキュウ・ガーデンズにあるパームハウスといわれる大温室(1845-7) '98年に撮影した懐かしい白黒フィルム写真。

1851年に開催された世界最初の万博の水晶宮=クリスタルパレスよりも前に造られている。
水晶宮を造ったのは建築家ではなく温室を専門に造っていたパックストンという技術者だったのである。
それも当時建築とはみなされていなかった鉄とガラスの温室がルーツであった。ガラス屋根そのものは18世紀の初めから実用されていたらしい。
それから100年以上の時間を経て、このようなガラスのボールトの大温室が出来上がったのである。

ここまで来ると温室というガラスに覆われた小屋もArchitecture(建築)としてルネサンス風に格調高いものとして認められるようになる。基礎部には装飾彫刻をほどこされた花崗岩の基礎とそのジョイント部分には渦巻き状の装飾止め具など装飾され、鉄という近代工業素材を建築装飾として使おうという努力がされている。






特に大空間を必要とする近代都市生活に必要な鉄道駅舎と市場には、最小限の材料で最大限の空間を造り出すことが可能になった鉄とガラスはその都市機能を満たす建築材料として最適なものであった。

それで1850年以降、鉄とガラスのモダン建築が『建築の世紀末』のイギリスで造られるようになった。
その中でも有名なのが、前回のブログで紹介したゴシック・リバイバル様式のオックスフォード大学博物館、このキュウ・ガーデンズのパウムハウス。水晶宮=クリスタル・パレスは万博終了後、より規模を大きくして再建築され博物館、美術館などの文化施設となったが1936年焼失。

ロンドンの鉄道駅舎ではパッディントン駅(1850-4)とパンクラス駅(1868-74)が有名である。
当時いずれも中世のカテドラルに代わる近代建築として建てられた。





パッディントン駅(Paddington station 1850-4) '98年撮影





サント パンクラス駅(St Pancras Station and Hotel 1868-74)
今回2010年7月撮影したもの。

鉄骨の柱と梁を見ても、カテドラルの石積みの柱と柱頭、リブボールトの様に鉄という近代素材を装飾的構造としている。
アーチ部分、レンガの赤と自然石の白をイスラム建築風に縞状に積んであり、2重アーチのコルドバのモスクの影響が見られる。

水晶宮とパッディントン駅舎の建築に関わったオーウェン・ジョネスは、若き建築家の時に建築グランドツアーをしてギリシア・トルコのビザンチン・イスラム建築を見て回り、それで最後はスペイン、グラナダに6ヶ月滞在し、アルハンブラ宮殿についての研究したそうである。

そして1856年に初めての多色刷印刷の”The Gramer of Ornament”というアルハンブラのイスラムなど装飾に関する本を出す。この本はバージェス −−−>コンドル経由で当時の東大図書館にあったようで、伊東忠太の卒業論文『建築哲学』に「オー、ウェン・ジョ子ス」 萬国模様鑑として引用図書のリストに入っている。

絵、模様、図案の大好きだった若き日の伊東忠太さんはますますArchitecture=建築にのめりこんで行ったに違いない。

今回のイギリス旅行で、イギリスの近代建築は実はグラナダ、アルハンブラのイスラム、ビザンチンのスペイン建築から多大な影響を受け、それがそのまま明治期の日本の建築バージェス =>コンドル =>辰野=>忠太に繋がっている事がわかったのはの大発見だった。




| u1arc | 建築史 | 09:11 | comments(0) | trackbacks(0) | -









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