バルセロナ建築漫遊記

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それでもガウディ死後のサグラダファミリアの建設は認めない

 世界中から注目を集めたサグラダファミリアのローマ法王の奉献式のミサから10日が経った。

先週はこのバルセロナからの気ままな建築ブログにも800を超えるアクセスの日もあり、このイベントが日本でもいかにビックニュースであったかが分かる。

ミサと共に様々な場所に設置されたテレビカメラの立体的映像で、サグラダファミリア堂内の荘厳で華麗な様子を印象付けたものになった。
テレビ中継を見て初めてその存在に気付いたバルセロナ市民も多く、先週はたくさんのカタラン人が入場料を払ってまでも見学に2時間待ちの列を作ったそうである。(一般にカタラン人はスペイン人に中でも合理的精神を持ち主でケチと言われているのだが好奇心が強い)

今回のテレビ中継を見ても、未だにサグラダファミリア建設継続に関しては認めていないバルセロナの建築家は多い。
LA VANGUARDIA紙によるとボイーガス、エリアス・トーレスなどバルセロナを代表する建築家はその立場を崩していない。
それは、ガウディ死後、少ない図面をもとに勝手に進められている建設工事に対してガウディの作品性が損なわれることが一番の理由である。
そして何よりも1965年1月9日にLA VANGUARDIA紙に掲載されたサグラダファミリア工事継続反対の意見広告による所が多いとされる。
ここには20世紀の巨匠コルビュジェ、建築史家の権威ペブスナー、ミロ、タピエスなど芸術家、コデルク、ボーイガス等の地元バルセロナの建築家達が、サグラダファミリア建設継続は、社会的にも宗教的にも都市計画的にも芸術的にも全く意味を持たない物であるというサイン入りの声明文を発表している。工事中止か存続かをめぐる議論はこの時からずーと現在にまで続いているのである。

60年代当時はガウディの建築が最初に世界的にも再評価され注目された時期に当り、日本でも今井兼次により26聖人殉教聖堂(1962)が創られた時期に当る。
この頃は細々と工事は続けられていて,サグラダファミリアを見に来る人も稀であったようで入場料収入もなく、中止となってもやむおえない状況だったようである。

それから常に工事中止が大方の意見であったのが、ガウディの建築が1984年にユネスコの世界遺産に認定されることになって入場料収入で建設が急に進むことになる。
さらに92年オリンピック開催決定により、バルセロナを訪れる人が増え、スペイン一の観光スポットになった。そしてオリンピック前の90年にはガウディの建設以来続いていたそれまでの中世の石積み工法から鉄筋コンクリートの近代工法への変更した。

決定的にもうそれはガウディの建築ではないということから、その建設の是非をめぐりサグラダファミリア側と、当時バルセロナ市役所の助役をしていてオリンピック招致の功労者である建築家の重鎮ボイーガスとの間で激しく対立したという経緯がある。また鉄筋コンクリートという近代工法で建設をすることになりバルセロナ市の建築許可が必要という法的な話も出てきたが、サグラダファミリア側はそれを無視し、市の建築、都市計画局のコントロール無しに工事が続けられ、それで違法建築ということが言われていたのである。



オリンピック直前の1992年6月バルセロナ上空。ヘリコプターから身を乗り出し必至になって撮った一枚。
右がガウディの生前に創られた御生誕の門と後陣の外壁の部分。後陣の下には地下聖堂があり、現在ユネスコの世界遺産に登録されているのはこのガウディによる部分だけである。
左がガウディ死後に建てられた御受難の門。ガウディによるものに比べ白っぽく新しい感じがする。時代を経た石の色の違いによって一目瞭然である。

この両門は石積みの中世からの建築工法で作られているが、堂内内部に建つ柱には鉄筋が組まれ始めたのが見える。
手前小屋の建っている所が今は撤去され、御栄光の門の建設が進む。



2000年1月に撮影した堂内の空洞の柱にはたくさんの鉄筋の組まれている。
コンクリートがうまく打てるか心配になってしまうぐらいの鉄筋量が多い。

ガウディ研究者としても有名なサルバドール・タラゴはこの鉄筋量の多さを指摘して、直ちに工事を中止すべきであると言っていた。

それでも年間280万人というスペイン一の入場者数を誇るサグラダファミリアは世界中から多くの観光客を呼び込み、バルセロナ市としてもその観光収入の方が重要であるから超法規的に建設継続を黙認し、今回のローマ法王による献堂式を市を挙げて迎えることになったのである。
祭壇の最前列には建設関係者の姿はなく、選挙を真近に控えた州大統領、バルセロナ市長など現政権の幹部政治家で占められていた。さらにガウディのサグラダファミリアは市の都市計画局の功績による所が大きいと自画自賛。このビックイベントで世界的メディアを通してバルセロナの街を売り込もうという市の都市戦略が見て取れる。

長い間社会問題となっていたAVE高速鉄道の工事に関しても、結局サグラダファミリアの真下にトンネル通すこととなった。国と市とサグラダファミリア建設工事側とのしたたかな政治的駆け引きの結果、こんなに早く堂内完成にこぎつけることができた。

ローマ法王をはじめ、たくさんの人がガウディ様のご利益に与ったのである。
亡き後もここまでやってしまうガウディは、やはり偉大な天才建築家だと思う。

しかしこれだけの大成功を収めたのにもかかわらず、それでもバルセロナの建築界の重鎮ボイーガスをはじめとする建築家たちはサグラダファミリアの建設工事継続は認めない。
これもまた地元カタルーニャの建築家たちのガウディ建築に対する愛の一つの表れなのであろう。

このガウディのサグラダファミリアが、歴史的建造物の保存を考えさせられる良い機会を与えてくれている。





| u1arc | ガウディ | 11:39 | comments(0) | trackbacks(0) | -









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