バルセロナ建築漫遊記

バルセロナからの気ままな発信です。
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建築文化遺産を権力から守れ!SOS.Monumentos
 先日1月23日には、動物の守護神、聖アントニオのパレードがあった。
毎年恒例の行事で、今年もわが家のテラスから愛犬3匹と聖者の行進を見守った。



サンクガットの旗を掲げ、3頭の白馬シルクハットに乗馬服でバッチリ決めた正装の紳士達に先導され、馬車の祭壇の上に置かれた聖アントニオが街を練り歩く。
カメラを向けるとこちらの方に手を上げて挨拶をしてくれた。



祭壇は草・花で飾り付けられ、聖アントニオの足元にはどういうわけかブタが寄り添っている。



近くの乗馬クラブの一団。
綺麗に手入れされた馬に正装した乗馬服で決めて颯爽と2列に隊列を組んで歩いて行く。
スペインルネサンス期の16世紀にはスペイン・ハクスブルグ宮廷では華麗な乗馬技術が発達し、それがオーストリア・ハクスブルグ家へ伝わり、今ではウィーンでスペイン式乗馬術として伝統になっている。



本家本元、アンダルシアの正装した乗馬服で決めたお兄さんが見得を切り、自分の馬術の技を披露しているところ。
なかなか格好良い!





ペアで馬のダンスを披露してくれた。



パレードの最後には、馬からの落し物などを回転ブラシ付き掃除自動車で道路をきれいにして今年の聖アントニオの行進が終わった。




先日、歴史的建築・環境を守るNPO団体、SOS.MonumentosのシンポジウムがバルセロナのATENEU BARCELONESで開かれた。ここは150年続くバルセロナの文化人サロンで現在のプレジデントは建築家の重鎮、ボイーガス氏である。

今回のテーマはバルセロナ港、バルセロネタ地区の景観環境保護がテーマであった。
特に埠頭に建設されたボフィールのホテルVELAの高層ビルがバルセロナ港の景観を破壊していると言う市民からの声に答えたものであった。



中央左奥の方に見える帆を張ったような建物がボフィールのHotel Vela。
全てのヨットが帆を降ろしてバルセロナ港に停泊している中、まるでいつも帆を張りっぱなしの大型ヨットの様。

出席者は左からSOS.Mメンバーの司会者、歴史家でバルセロナ大学教授、元バルセロナ港プロジェクトのプレジデント、それにバルセロネタ地区の住民代表。
1980年以降のバルセロナの都市計画プロジェクトの経緯をバルセロナ市長、スペイン首相、州大統領と立ち会った生々しい政治的権力の決定の経緯を交えて説明された。

92年バルセロナオリンピック前のプロジェクトでは、当時の市長のマラガイ氏と助役でバルセロナ建築家の重鎮のボイーガス氏によってマスタープランを作成し、その中で高層ビルの高さをサグラダ・ファミリアの計画予定高さ170mよりも20m近く低い144mに決め、しかも2本だけ選手村地区に地中海の門の如くその軸線上に計画された。

そのマスタープランを持って、2人で80年に同じ社会党政権で当時の副首相でマラガイ氏の前任でバルセロナ市長であったセラ氏のいるマドリッドまで見せに行き、承認されたとのことであった。
2本の高層ビルがマラガイ、セラの会談で4本に増やされたということを聞いたボイーガス氏は、その政治的決定に対しかなり憤慨したらしい。

ボイーガス氏の建築学的信条からすると、都市計画上バルセロナの街はサグラダ・ファミリアの高さ170mを第一に考えた都市デザインであるので、基本的に100mを超える高層ビルは作らせないという基本理念があったと考えられる。
そしてただ唯一許されるのは、地中海からサグラダ・ファミリアへの軸線上にスペインの国旗の紋章にも使われているヘラクレスの柱=P・V・( plus ultra=より他の世界の入口)をメタファーとして考えていた2本の角柱の門の様な近代建築だろうと思われる。
現在のトーレ・MAPFREと元そごうのホテル・アーツの高さ154mのツインタワーである。

このP・V・=Plus Ultraは、ギリシア神話にでてくる『世界の果て』を示すヘラクレスの柱に刻まれた警句『Non Plus Ultra=この向こうには何もない』の反語のようなもので、グラナダ、アルハンブラのカール5世宮の南側ファサードに彫られたものから来ているのではないか。

スペイン建国の歴史的起源のメタファーにもなっている奥深い建築学的図像解釈が、政治的決着で2本から4本に勝手に決められてしまったことに対して、ボーイガス氏の政治権力の傲慢さ、不条理に対して、バルセロナの歴史的都市を愛するが故の無念さ、怒りを察することができる。

92年オリンピックによるバルセロナ都市再生の成功で、それまでは海岸線から100m以内には建築を建てられないという海岸法(ley de costa) で規制をかけられていたが、その抜け道として港地区の再開発の特別条例を新たに設けられた。その地区にはオフィス・ホテルの高層ビルの建設を認める法律が1996年に保守政権PP民衆党のアスナール首相とプジョール、カタルーニャ州大統領の間で取り決められ、それ以降、積極的なバルセロナ都市高層ビル化が政治的に進められたという。

その結果、PSC社会党政権の市の主催した2004年のバルセロナフォーラムに合わせ、バルセロナマール地区の高層化(IIIa Forum 100m),ヌーベルのアグバールタワー144mなどの高層ビルがグローバル化の名を元に何本も計画された。それに対してプジョール州大統領のCIUカタルーニャ保守政権からはボフィールに高層のホテルを造らせろ、それもサグラダ・ファミリアよりも2m低い168mの高さのホテルVELAプロジェクトを打ち上げるという具合に、政治権力と国際的な投資グループ&プロモーターのグローバルな金権力との壮絶で生々しいハゲタカバトルが繰り広げられたそうである。

ジャン・ヌーベルのアグバルタワーは144m33階建て、ビルバオのグッゲンハイム美術館で有名になったフランク・ゲーリーのTriangle Ferroviari148mのサグレラAVE高速鉄道ターミナル駅のプロジェクトも承認されている。
伊東さんのオスピタレット地区のオフィス・ホテルの100mを超える高層ビル群もその延長線上にあることがこのシンポジウムで分かった。

そのレベルでは良心的な歴史建築学的信条は全く相手にされなくなってしまい、セルダの格子状に20m以下に押さえらている美しいバルセロナの街並も、周辺部はグローバル化の名の下にニューヨーク、東京、上海と同じように棒グラフのような醜い高層ビル群が建ち並ぶ現代の都市状に似た新市街が一部形成されたてしまった。

しかし、バルセロナの場合はサグラダ・ファミリアの170mの高さがリミットとして都市計画の重要な押さえとなって効いているので、そんなひどい状況にはならなかったのはガウディ様のおかげである。

それで、168mの高さを持ったボフィールのホテルVELAプロジェクトは、場所を転々と移動し、現在のバルセロナ埠頭の位置になり、高さは80m低くなり88mの少しズングリムックリとした今の姿になったとのことである。

そしてバルセロナの市民からは港の景観を破壊するものとして建築・環境文化遺産を権力から守る運動をしているSOS.Monumentosに助けを求めてきたのである、

一昨日総会が開かれ、主宰のサルバドール・タラゴから建築文化遺産を守った市民団体に対して『SOS.MONUMENTS賞』の賞状が授与された。



今年で12年目を迎えたが、グローバル化の名の下に金権力の政治への圧力が強まってきて、歴史都市バルセロナも重要な伝統・文化遺産が破壊されてきているが、建築文化遺産を守ろうとする市民の意識が高まってきており、これから益々様々な不条理な権力に対して異議申し立てをして、市民を手助けしていくこのNPOの存在意義を感じる。

街を愛しその環境を残さなければならないと考える市民と共に、SOS−MONUMENTSは歴史的建造物・環境を不条理な権力から守っていく。

カタラン語のホームページはこちら。
http://sos-monuments.org/

#総会の帰り道、バルサのカンプ・ノウの横にあるモデルニズモの建物を撮っていたら「私も撮って!」と言われ振り向くと、あまりにもカワイイ女の子だったのでつい思わずシャッターを押した。



!愛嬌があってKAWAII!

| u1arc | 建築文化遺産 | 17:43 | comments(0) | trackbacks(0) | -









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