バルセロナ建築漫遊記

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モネオのふるさと Tudela




この写真は、トゥデラ(Tudela)というサラゴサからエブロ川沿いに80キロほど北西へ行った町のカテドラルである。友人の地元なので一度は行ってみたいと思っていたが、今回のマドリッドからの帰路の途中で寄ってみた。細く、曲がりくねった道を何度も迷って、ようやく旧市街の中心にあるカテドラルに着くことが出来た。ヘミングウェイで有名になった牛追いのパンプローナに次ぐこの地方第2の町であるが、観光的にはほとんど知られていない。友人のお国自慢を何度も聞かされて、今回行くことを思い立ったのである。この町は、世界文化遺産にも登録されている『サンチャゴへの巡礼の道』沿いにある。フランス側からピレネー山脈を越え、ロマネスク期に当たる11〜12世紀にはヨーロッパ中からたくさんの巡礼者が来たという。当時はスペインでも重要な町であったのである。その様子が、観光客のほとんど来ないこのカテドラルで伺い知ることが出来る。特に正面ロマネスク彫刻の8層のアーチ入口と2本と3本の柱で支えているアーチの回廊は、スペインで見たどのロマネスク教会のものよりも立派なものであった。カテドラルそのものは15世紀スペインゴシック期に大改築されていて、その後16世紀後半のルネサンス期,18世紀バロック期とエポック毎に付け足して増築を行っていることが分かる。3,4枚目の写真は、天使がいっぱい降臨してくるレンガ積みの巨大なバロックの礼拝堂。
10世紀頃のトゥデラは、ユダヤ教徒と共存したアラブ文化の花開いていたが、12世紀初めにカトリック勢力にレコンキスタ(再征服)され、コルドバ同様、破壊されたメスキータの上にこのカテドラル教会が建てられ、現在の中世の複雑な街並みが形成されている。11世紀終りに、ここからエブロ川を500キロ下り、地中海に出てエルサレムと交易したというユダヤの商人ベンジャミンがこの町の誇りとして語り継がれている(友人から)。当時スペインでも内陸でありながら、この水上ルートによりかなりの国際文化都市であったことが伺い知れる。
ハーバード大学の建築学部長を勤め、スペインを代表する建築家,ラファエル・モネオはこのトゥデラ出身であるが、重層的なスペイン建築をベースとしながら、モダンな建築をデザインするという建築手法は、この町の伝統を受け継いでいるところからきているのだという事が分かった。
| u1arc | ラファエル モネオ | 02:10 | comments(0) | trackbacks(0) | -









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