バルセロナ建築漫遊記

バルセロナからの気ままな発信です。
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バルセロナのローマ神殿(メゾン・カレ)にミトラ神を見る。
建築家協会(COAC)へ行った帰り、この前来た時にはローマ神殿の柱が修復中の足場でよく見えなかったので、今度は見れるかなと期待をして、カテドラルの裏手の昼でも薄暗い石積みの建物の間の細い路地を入る。

左側にカタルーニャ探訪協会本部(Centre Excursionista de Catalunya)の表札があり、扉を開け入る。バルセロナのローマ神殿は、保存の良いニームのメゾン・カレとは異なり、中世の館の中庭に取り込まれて、現在4本のコリント式の円柱と一部のアーキトレイブが遺跡として残っている。中世の石積みの古い建物が密集しているゴシック地区中心に位置し、市役所と州庁舎の建物のあるサン・ハイメ広場にほぼ接しているが、いつも一人で静かに柱頭にアカンサスの彫刻のされたこの美しいコリント式の円柱を拝むことができるのである。




この場所は小高い丘になっていて、古代ローマ人はアクロポリスの『聖なる場所』として神殿を建設した。バルセロナのローマ神殿は紀元1〜2世紀に造られ、初代ローマ皇帝アウグストゥスとヘラクレスを同時に祀っている。ヘラクレスと言えば、太陽神ゼウスの子で、ギリシヤ神話に出てくる戦いの神様として良く知られている。またその戦いの物語が星座の由来に深く関わっている。占星術の誕生とギリシアの神々様の関係を読み解いていくと、謎が謎を呼び、同時にその謎が古代オリエント、地中海文明の理解を深めて行く。

その重要な手掛かりとなるのが、古代ローマでは「ミトラス」または「無敵の太陽ミトラ」と呼ばれる太陽神ミトラではないかと思うようになった。今でもスペインで盛んな闘牛は、ミトラ神の『牡牛殺し』から来ていると言われている。ミトラ信仰は、歴史が古く古代ペルシャで生れたもので、ゾロアスター教(拝火教)の原始宗教といわれ、キリスト教がミラノ勅令で正式にローマの国教に認められるまで古代ローマの宗教であった。スペイン各地には、バレンシアの火祭りをはじめ、夏至の時期のサン・フアンの火祭りなど、火を使った儀式、祭りが今でも行われる。ギリシア神話に出てくるヘラクレス伝説にも、クレタ島の牡牛、髪の毛がへびになるメデューサを退治する話があり、ペルセウス(ペルシャ渡来)の子、アルクメネにゼウスが不義密通をして生ませた子である。ヘラクレスの誕生秘話とミトラ神の岩窟誕生伝説を読み込んでみると密接に関係があり、ヘラクレスはミトラ神の西方の神ではなかったのかという仮説もありなのではないか思えるようになった。
東方でのミトラ神が弥勒菩薩になったように。

そうすると、夏至の日に太陽がモンセラに沈むように都市を計画したのも、モンセラの岩窟からは『黒のマリア様』が発見されたのも、実はヘラクレスに名前を変えた『太陽神ミトラ』に由来するものであったのかもしれない。

帰り道、旧ユダヤ人街の骨董品屋の立ち並ぶBanys Nous通りにある古本屋に20年ぶりに立ち寄る。店内に入るとムッーとしたあの古書の匂いが充満していて懐かしかった。これだけ変わったバルセロナの街もここだけは時間が止まっていたかのようで、それがまたこの街の魅力でもある。

古い写真のあるボックスを見ていると、さっき見てきた古代ローマの柱の写真を見つけたので、記念に6ユーロを出して買う。



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