バルセロナ建築漫遊記

バルセロナからの気ままな発信です。
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犬山の国宝 シロ(城)とジョアン(如庵)


           国宝 茶室『如庵』


先日、一時帰国した際に桜の花が満開の犬山市を訪れた。
これだけの満開の桜を見たのは久しぶりであった。


          犬山城 堀沿いの桜


8年前バルセロナのユネスコの講演会『日本建築空間の特性とその歴史』で、留学中でスライドの手伝いをしてもらったI君が、今は明治村で建築を担当していることを知り、案内してもらえることになったのである。

私の修士論文の研究テーマが『明治中期における建築芸術思想』であったので、明治村の建築は興味があったが今までなかなか行く機会がなかった。有楽町にあったフランクロイドライトの帝国ホテルも移築してあると聞いていたが、当時、明治村が『明治近代以降の建築の墓場』というイメージが強かったので、今ひとつ意識的に自分の中で遠ざけていたのかもしれない。

そして今回バルセロナでの I君との縁で、東京から少し遠いいがエイヤッ!で桜満開の犬山、岐阜の旅が実現した。



犬山の町に行って驚いたのが、こんな小さな町なのに歴史的建造物の国宝が2つあることであった。



犬山のお城と有楽苑内にある茶室『如庵』である。
日本のライン川と言われる木曽川沿いにあり、川沿いの山の聳える犬山のお城もライン川沿いに在るローレライの古城のように風光明媚な所にある。





その国宝を両手に抱えるように一番良い所に名鉄犬山ホテルが建っている。昭和モダンの雰囲気のある風格のあるホテルで、塔屋が天主閣の如く背が高い。どこかで見たプロポーションだと思う。そう、スペイン大使館を設計している時にお世話になった斜め前にあるホテルオークラのプロボーションにどことなく似ている。それもそのはず、今話題の中央郵便局を設計した逓信(郵政)省の建築家、吉田鉄郎の流れを汲む小坂秀雄であった。そしてホテルオークラの和風大ロビーのデザインは初代明治村館長の谷口吉郎が担当している。名古屋の建築デザインはスパニッシュスタイルと『建築の遺伝子』上、繋がりがあることが今回の大発見であった。(『建築の遺伝子』鈴木博之著p.156、208−219参照。)

それで国宝の茶室『如庵』も、もしかしたらヨハネの福音書の『ヨハン』から来ているのではないかと、ふと思いついた。スペイン語だと『フアン』であるが、ポルトガル語、カタラン語だと『ジョアン』なのである。織田有楽斎は利休の茶人で7仙人とまで言われた人である。その頃の安土桃山時代スペイン、ポルトガルからイエズズ会修道士が日本に布教に来ていて、有楽斎もキリシタン大名で,『如庵』と名乗っていたらしい。この如庵が洗礼名の『ジョアン』と考えられる。その時の宣教師の中にポルトガル出身のジョアン・ロドリゲスという宣教師がいて『日本大文典』『日本教会史』という本を書き表しているので、有楽斎とは親交があったように思える。

やはり予想通り『如庵』は『ジョアン』から来ていたのだ!!!

安土桃山文化はかなりスペイン、ポルトガルの文化、カルロスI世(神聖ローマ皇帝カール5世)、その子フェリッペ鏡い離茵璽蹈奪僖襯優奪汽鵐絞顕修反爾ご愀犬あったのだということが分かる。その重要な関係を取り持っていたのはイエズズ会宣教師たちなのである。

日本の『侘び』『寂び』でない華美な安土・桃山文化は、実はヨーロッパルネッサンスの正統の遺伝子=王家の血脈も繋いで来ていることが確認できたと、ホテルの露天風呂で朝湯に浸かりながら、日本の老舗温泉ホテルの素晴らしい和と洋のモダンな文化を楽しんだ。

外国の良いものを取り込みながら、新たな日本の文化に昇華する『日本美の再発見』の旅であった。




「まるで美術館の壁にかかっている風景画のような絵になっている。」
ホテルの部屋から満開の桜の日本のライン川=木曽川の眺め。



吉田鉄郎の中央郵便局の昭和モダニズムの合理主義の流れを汲む郵政建築家小坂秀雄の建築デザイン。柱間に腰壁とガラス窓を全面にいれ水平性をベースとしながら屋上庇までの通し柱で垂直性を出し、さらに屋根の乗った亀甲模様の白い壁の階段、エレベーターコアを屋上階から2階分突出させ垂直性をさらに強調したデザインをしている。このデザインは国宝犬山城の天主閣をイメージしているように思う。
合理主義建築ながら、機能主義建築を超えた建築イメージ、デザインを考えたプロポーションと材料の選択、抑えたディテール装飾となっていて、とても風格ある建築である。
今、老巧化ということで建て替えが検討されているとのことであるが、何とかこの風格を維持しながらの改築、改修してほしいと思う。
今問題となっている東京中央郵便局の改築のようなことにはならないでほしいことを祈るばかりである。



有楽苑入口。この苑内にある国宝の茶室如庵は数奇な運命を辿ったと『建築の遺伝子』前出(鈴木博之著)に書いてある。
最初は京都の建仁寺にあったのが、明治維新後、三井家に売却され東京に移築された。その後、大磯の別邸に移築され戦火を逃れ、昭和45年(1970年)に名鉄所有となりここ犬山の有楽苑に移築され、現在もなお国宝の茶室として評価され続けているという。



     如庵 平面図(茶道全集巻の三 創元社より)
















| u1arc | 世界文化遺産 | 19:19 | comments(2) | trackbacks(0) | -
ご無沙汰しています。お元気ですか?

名古屋に行かれたのですね。東海地方って、徳川や織田の出身の地である事から、驚くべきお宝がその辺に転がっています。地方美術館に普通に国宝とかありますから。

名古屋建築とスペインの繋がりは全く知りませんでした。如庵がJoanというのはとても面白いですね。実は大発見なんじゃないのですか?(笑) 今年の夏などに帰国した際にでも、又訪れたいなと思いました。

明治村には僕もかなり思い出があって、僕の日本建築史の先生だった小寺武久先生を通じて、かなりお世話になった記憶があります。今は、多分、ゴシックの神様、飯田先生がいらっしゃるんじゃないのかなー?と思います。

名古屋は良い所です。食べ物も美味しいし。コレを機に、僕も名古屋の魅力をちょくちょくお伝えしていこうかな?と思っています。あー、何か味噌カツが食べたくなってきました。
| cruasan | 2009/05/17 9:05 PM |

cruasan様
お久しぶり!
今まで東京から名古屋を通り過ぎて京都へ行ってしまっていたのですが、今回行ってみて歴史的にも建築的にも大変面白いことを実感しました。そうですか、地元だったのですね。これもどこかで繋がっているのでしょう。
それで今回の旅で、日本のスパニッシュスタイルの原点は明治村にあることを発見しました。明治村を訪問した時に、たまたま館長の飯田喜四郎先生がいらしていました。80歳を超えたとは思えないほど矍鑠としていて、先生の書かれたヴィオレ・ル・デュクの「建築講話I」の話ができたいへん光栄でした。
またその辺のことを書きますので、明治村のプログをアップしたらまた読んでください。
| ユーイチ | 2009/05/18 7:54 AM |










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